大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)721号 判決 1966年9月14日

控訴人(附帯被控訴人) 野田五郎

右訴訟代理人弁護士 伊藤秀一

同 原井竜一郎

同 吉村修

被控訴人(附帯控訴人) 曼殊院

右代表者代表役員 山口光円

右訴訟代理人弁護士 山村治郎吉

同 谷口義弘

主文

一、本件控訴及び附帯控訴に基き、原判決を左のとおり変更する。

二、控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)に対し、別紙目録(一)記載の土地を、同地上に存在する同目録(二)記載の建物を収去して明渡せ。

三、被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は第一、二審を通じこれを一〇分し、その一を被控訴人(附帯控訴人)の負担としその余を控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

事実

控訴人(附帯被控訴人、以下単に控訴人という)代理人は控訴につき「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を、附帯控訴に対し附帯控訴棄却の判決を求め、被控訴人(附帯控訴人、以下単に被控訴人という)代理人は控訴に対し控訴棄却の判決を、附帯控訴につき「控訴人は被控訴人に対し別紙目録(一)記載の土地上に存在する別紙目録(二)記載の建物を収去して該土地を明渡せ。訴訟費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用、認否は次のとおり附加するほか原判決事実摘示と同一(但し、原判決七枚目裏八行目「体閑代」とあるを「休閑地」と、一〇枚目裏四行目「昭和二八年度分」の次に「以降」を、同七行目「従へた」を「従った」に夫々附加訂正する。)であるからここにこれを引用する。

第一、被控訴人の主張

被控訴人の本訴請求原因として主張するところは、原判決事実摘示の第一次ないし第三次請求原因記載のとおりであるが、うち、第一次請求において本件賃貸借契約無効の法的根拠として挙げた明治六年太政官布告第二号明治九年二月教部省達第三号は昭和一四年法律第七七号宗教団体法第一〇条第一項と改める。そして、被控訴人は当審における控訴人の主張に対応して以下のとおり主張する。

一、第一次請求につき、被控訴人、控訴人間の本件賃貸借契約は無効である。すなわち、右契約当時施行されていた宗教団体法第一〇条第一項によると賃貸借期間一〇年というような長期の賃貸借は「処分」と同視すべきものであるから、地方長官の認可を必要とするところ、これを得ていない本件賃貸借契約は根本的に無効である。控訴人がいう如く其の后の法令の改正や事情によって一旦無効となったものが当然に有効となるというようなことは到底考えられない。およそ法律行為の効力は法律行為をした当時の法令の定める要件を具備するか否かによって決定すべきものである。

二、(一) 控訴人は第二次、第三次請求につき、別紙目録(一)記載の土地(以下、本件土地という)は農地であるから知事の許可を受けなければ契約終了の効果は発生しないというけれども、本件土地は農地ではない。本件土地は庭園の一部と考えるのが妥当である。のみならず、控訴人は本件が控訴審係属后、果樹等一切の植物を除去し、ブルドーザーを使用して本件土地を宅地造成すべく地均工事を施工し、今や本件土地は全部荒蕪地となり、如何なる意味においてもこれを農地と見ることはできなくなった。

(二) 第二次請求につき、被控訴人代表役員山口光円は昭和二七年末限り本件賃貸借契約の更新を拒絶した。すなわち、控訴人は本件土地の賃料を約定(毎年玄米四石相当時価代金を一二月二五日までに支払う)どおり支払わなかったので従来は勿論、特に昭和二六年末頃厳重な申入れをし、そのさい昭和二七年末限り本件土地明渡しを申入れている。従って被控訴人は昭和二六年一二月三一日控訴人が一方的に定めた同年度分及び同二七年度分賃料合計金千円は受領した(甲第四号証の一、二)が、昭和二七年末に持参した同二八年度分金千円(これも控訴人が一方的に定めた額)を受領拒絶したのである。そして、控訴人はその後賃料を一切支払わなかった。

(三) 第三次請求につき、控訴人の権利濫用の主張は控訴人の賃料支払状況が以下のとおりすべて一方的であり不誠意極まるものであった点より考えると失当である。すなわち、前記(二)のとおりであるから、控訴人は契約期間終了により本件土地の明渡しをなすべきところ、これをしないから、被控訴人は昭和三一年六月一六日到達の郵便をもって明渡しを求めたところ、控訴人は狼狽の極、同月一九日昭和二九年度ないし同三一年度分として金三千円を京都地方法務局に供託したが、被控訴人の考えに変りはないから、昭和三一年六月二六日京都簡易裁判所に土地明渡しの調停を求めたが同三二年一二月一六日不調に終ったため、同三三年二月一五日やむをえず本訴を提起した。ところが控訴人は前記供託に次いで、昭和三二年一二月一六日、同年度分、同三三年度分として金二千円を、更に同三四年五月一日、同二八年度分ないし三四年度分(但し右二回の供託分を差引いた上)として合計金三〇、八四三円を(甲第五号証)夫々一方的に京都地方法務局に供託したに過ぎない。

三、控訴人の賃借権時効取得の抗弁は否認する。賃借権の時効取得は認められるべきでない。蓋し、もし一〇年又は二〇年というが如き期限の定めがある賃貸借にこれを認めるなら適法に許される期限そのものを無意味にするという不合理を肯認しなければならなくなる。かりにそうでないとしても、

(イ)  前記二(二)のとおり、被控訴人は控訴人に対し昭和二六年末賃料督促のさい、契約を更新する意思はないから、期間満了の昭和二七年末をもって本件土地を明渡してもらいたい旨申し渡し、更に同二七年末に被控訴人に同二八年度分賃料として一方的に値上げした額、金千円を持参したとき、その受領を拒絶し、あわせて本件土地の明渡しを求めている。

(ロ)  被控訴人が時効を援用するためには、賃借人として賃借の意思をもって占有を継続していることを要する。従って、賃借人としては賃借人としての義務を完全且つ忠実に履行していることが要件となる。しかるに、被控訴人は前記のとおり約定どおりの賃料支払義務を履行していないこと明白である。

(ハ)  無効な賃貸借契約によって、その意思をもって一〇年又はそれ以上自主占有するという如きはありえない。

(ニ)  本件契約は一〇年の期限付である。又右契約締結には京都府知事の認可を要することは法定されている。然らば、これらの事実は少くとも控訴人としては知り、又は知りうべかりし事実である。控訴人の占有が無過失占有とは考えられない。

(ホ)  仮りに控訴人主張の如く本件土地が農地であるとするなら、契約解除については、農地法の制限を受けるから取得時効の余地がない。

四、(一) 控訴人の不当利得返還請求権又は費用償還請求権に基く留置権行使の抗弁は争う。すなわち、

(イ)  民法第一九六条の占有は有効な占有を前提とするところ、控訴人の本件土地占有は不法占有である。

(ロ)  仮りにそうでないとしても、控訴人の出費に基く価額の増加は現存していない。本件土地は荒れつくし、農地としての利用価値はなく、水源地はあとかたもなく配管はわずかに所々にさびついた出口を止めるに過ぎない。のみならず、控訴人は以下の如く本件土地を改悪した。すなわち、本件土地は都市計画法第一〇条第二項、同法施行令第一三条の規定により指定された風致地区内の土地である。法令によれば風致地区においては土地形質の変更、竹木土石類の採取その他風致の維持に影響を及ぼす虞ある行為は知事(地方自治法第二五二条の一九施行後は大都市では市長)か建設大臣の認可を受けて定める命令をもってする禁止又は制限に服さねばならず、これに違反したものは原状回復を命ぜられ行政代執行法で強制執行されるところ、本件土地は開墾したり宅地造成することは許されていない。しかるに、控訴人は京都市長の許可を得ることなく、ほしいままに従来の樹木全部を除却し、ブルドーザーを使用して地均しをした。従って、京都市長から原状回復を命ぜられること必然であるが、今、本件土地(一町一二歩)に植樹するとなれば苗木だけで七、八万円を要し、そのごの下刈等の経費は四、五〇万円になると推算される。仮りに控訴人が各種の費用を投入した効果があったとしても右工事によって一挙に破壊され、むしろ被控訴人こそ原状回復義務履行のために要する費用を控訴人に対し損害賠償請求しなければならない筋合である。

(ハ)  控訴人の出費は元来有益費でなく奢侈費である。そうでないとしても、控訴人主張の施肥に要した費用、猪害防止垣築造費用、灌漑設備費用等は農地維持のための必要費であり、控訴人自ら負損すべきものである。

(ニ)  開墾に要した人夫賃も争う。控訴人は特殊労働者延三、六〇〇人、一人当り日当三、五〇〇円というが、本件土地は一町一三歩であるから、計算上一坪につき約一・二人となり不当である。また、控訴人主張の日当額も当時としては考えられない。昭和一八、九年頃は重労働の土工でも一日金一八〇円ないし二〇〇円である。従って、仮りに延三、六〇〇人としても七、二〇〇円に過ぎない。また、控訴人は、普通労働者延三、〇〇〇人(開墾のため)、及び延六〇〇人(整地区劃割のため)と主張するが、前記特殊重労働人夫延三、六〇〇人と合すると実に延七、二〇〇人となり一坪につき約二・四人となる。また当時の普通人夫(農夫)一人の日当は一円五〇銭位であった。従って、かりに延三、六〇〇人としても五、四〇〇円である。以上、人夫賃合計は一二、六〇〇円に過ぎない。

(二) 仮りに有益費があるとしても、被控訴人は民法第一九六条第二項に基きその費やした金額の償還を選択する。

五、なお、控訴人は本件土地上に別紙目録(二)記載の建物(以下、本件建物という)を所有しているから、被控訴人は控訴人に対し本件土地明渡しにさいしあわせて本件建物の収去を求めるため、請求を一部拡張して本件附帯控訴に及んだ。

第二、控訴人の主張

一、被控訴人主張の第一次請求につき、控訴人、被控訴人間の本件賃貸借契約を宗教団体法第一〇条第三項を根拠として無効とするのは誤りである。すなわち、

(一)  元来当事者間において、完全なる合意の下に成立した契約は当事者が意図した内容ができる限り実現するように解釈すべきである。仮りに宗教団体法に定める知事の認可が私法上の効力要件だとしても、認可のない本件契約はすべての点で無効と解すべきものでなく、賃貸人たる被控訴人としては知事の認可を受け賃借人たる控訴人に本件土地を賃貸すべき義務がある。(認可があるまでは、これを停止条件とする有効な契約と考えるべきであり、かかる契約の名称を賃貸借契約とするか否かは別問題である。)この関係は未許可農地賃貸人が農業委員会への許可申請義務を負うのと全く同一である(最判昭三五・一〇・一一民集一四・一二・二四六五参照)。ところが、右認可を必要とした前記宗教団体法はその後廃止され、昭和二〇年一二月二八日宗教法人令が施行されたが、同令第一一条によると、もはや監督官庁の認可は不必要となり、総代の同意と宗派主管者の承認をもって足りることとなり、更に昭和二六年四月三日には同令も廃止され、現行宗教法人法が施行され、同法第二四条によると、右の如き同意、承認すら不必要となった。そして、被控訴人は宗教法人令施行当時も賃料を領収していたからそのまま当初の法律関係は継続されており、(仮りに、民法第六〇二条所定の短期賃貸借期間五年で期間満了するとしても、その頃も被控訴人は賃料を受領しているから右期間は更新された。名古屋高裁昭和三三年九月二〇日高集一一巻八号五〇九頁参照)更に、現行宗教法人法施行後も被控訴人は昭和二八年末までの賃料を受領し(その後は供託)、そのまま従前の法律関係は継続されている。従って、現行法施行と同時に知事の認可は不要となり、認可なしで当然当事者双方の当初の意思は実現され、その時、本件賃貸借契約は完全に有効なものとして確定した。仮りに、そうでないとしても、本件契約は前述のとおり民法第六〇二条所定の五年の期間を更新して、(被控訴人は昭和二八年末まで賃料を受領した)現行宗教法人法施行日に到ったが、同法によると、もはや本件契約は「処分」なりとして民法第六〇二条の適用の必要がなくなったのであるから、当初の契約どおり期間の定めのない賃貸借契約が有効に確定した。

そして、以上のとおり解するのが当事者の意思に最も合致しているのである。

(二)  仮りに本件賃貸借契約が無効であったとしても、

(イ) 賃貸借の如き継続的な法律関係においては、前記宗教法人法の施行により、契約上の瑕疵は治癒され、(東京地裁昭和三四年一月二七日下民集一〇巻一号参照)または、効力が追完された。けだし、本件は無効といっても、契約内容自体が公序良俗に反するものでなく、本来私的自治に属する行為であるのに、国家が一時的政策的に知事の許可を必要としたに過ぎなかったものである。しかも、控訴人は知事の許可の必要について全く善意で知らなかったのに対し被控訴人は悪意又は善意にしても重過失であったことは明らかである。

(ロ) 被控訴人は本訴提起後、一審終結間近かになって突如として本件契約は無効であると主張するに至ったのであるが、昭和一八年一月一日から二〇年間も継続し当事者はもとより第三者もこれを有効とみ、これに従って事実上、法律上の関係が築き上げられた賃貸借契約につき、自ら認可手続履行義務も果さず、しかも、その後法令の改正により無効原因はなくなった現在、昭和一八年当時の法令を根拠とする古傷を奇貨として無効の効果を主張するようなことは、殊に信頼関係を基礎とする賃貸借契約にあっては、主張自体、信義則に反し到底許されるものではない。(末弘「無効の時効」民法雑記帖所収参照。)

(三)  いずれにしても、本件の無効に基づく明渡請求については、無効を抽象的、形式的に解することなく契約に至った当事者間の具体的事情、その後の事情等を更に検討しなければならない。そして、本件は臨時農地等管理令違反の場合に酷似しているから、同法についての多数の判例が参考にされるべきである。(最判昭二八・五・八。同二八・九・一五。同二九・七・一六。同三四・一二・一〇。同三五・四・一等参照)

二、(一) 本件土地は農地である。すなわち、農地とは耕作の目的に供される土地をいい、耕作とは土地に労資を加え、いわゆる肥培管理を行って作物を栽培することである。控訴人は作物の生育を助けるために、耕耘、灌漑、施肥、除草等の一連の作業をして今日に及んでおり、本件土地が客観的に農地であることは疑問の余地はない。

(二) 被控訴人は第二次請求原因として、控訴人に対して賃貸借契約の更新を拒絶し、約定期間たる昭和二七年一二月末日をもって契約を終了せしめて本件土地の明渡しを求めたと主張するけれども、かかる事実は全くない。

(三) 被控訴人の第三次請求につき仮定的に次のとおり主張する。すなわち、控訴人が三井富善をして被控訴人方に賃料を持参提供せしめたが受領拒絶された事実が仮りに認められないとしても、僅か一日遅延したことを理由とする被控訴人の契約解除は解除権濫用である。

三、仮りに以上の主張が理由がないとしても、控訴人は昭和一八年一月一日から一〇年間以上賃借の意思をもって、平穏且つ公然と本件土地を使用および収益し、その占有の始めより善意にして、過失なく、客観的にも賃料を支払っているのであるから、控訴人は本件土地の賃借権を昭和二七年一二月末日の経過とともに時効取得したから本訴でこれを援用する。(東京地裁昭和三八年二月二〇日判決は土地転借権の時効取得を認めている。)

四、(一) 仮りに本件賃貸借契約が無効であって、控訴人が本件土地を被控訴人に返還しなければならないとすれば、被控訴人は現在の整理された状態の土地の返還を受けるわけであるが、元来被控訴人が支配できる土地は元の姿の山林の状態である筈で、前者の価格は金五〇、六七四、五一四円、後者の価格は金一〇、一七一、五二四円である。従って、右差額の金四〇、五〇二、九九〇円は被控訴人が不当利得する額である。そして、これはこれまで控訴人が自ら労働し或いは他人を使用し、肥料を施し、整地する等の出資をした控訴人の損失によるものである。(後記(二)参照)

よって控訴人は被控訴人に対し、民法第七〇三条に基き、右金四〇、五〇二、九九〇円の不当利得債権を有するところ、これは本件土地に関して発生した債権であるから、控訴人は右金員の支払いを受けるまで本件土地について留置権を行使する。

(二) 仮りに右民法第七〇三条の適用がないとしても、控訴人は同法第一九六条の有益費用償還請求権を有するところ、被控訴人はその費やした金額を選択したから、右金額の返還請求権を有する。そして、控訴人が支出した金額は次のとおりである。

(イ)  開拓荒開墾に要した費用

(1) 特殊重労働者(いわゆる宿根、岩磐を人力で取り除くために特に集めた力持ちの労働者)。一日三〇人、延日数一二〇日、延人数三、六〇〇人、労賃一日一人当り金三、五〇〇円(但し、現在価値に換算したもの)。合計金一二、六〇〇、〇〇〇円。

(2) 普通労働者。一日二〇人、延日数一五〇日、延人数三、〇〇〇人、労賃一日一人当り金二、五〇〇円(但し、現在価値に換算したもの)。合計金七、五〇〇、〇〇〇円。

(ロ)  整地、区画割費用

普通労働者一日二〇人、延日数三〇日、延人数六〇〇人、労賃一日一人当り金二、五〇〇円(但し現在価値に換算したもの)。合計金一、五〇〇、〇〇〇円。

(ハ)  灌漑設備費用

山崩が三回起ったため水源地築造及び配管工事も三回行った全費用。(但し、現在価値に換算したもの。)

(1) 水源地築造 金一五〇、〇〇〇円

(2) 全面配管工事費 金一、八〇〇、〇〇〇円

(ニ)  施肥工作費

普通労働者延人員一、五〇〇人(但し、一〇年間分)、労賃一日一人当り金二、五〇〇円(但し、現在価値に換算したもの)。合計金三、七〇〇、〇〇〇円。

(ホ)  猪害防止垣築造費

金五〇〇、〇〇〇円。

以上(イ)ないし(ホ)合計金二七、八〇〇、〇〇〇円。

控訴人は右金額につき前記(一)と同様留置権を行使する。

第三、証拠関係 ≪省略≫

理由

一、(土地明渡請求)

まず被控訴人の第一次請求について判断する。

(一)  被控訴人が別紙目録(一)記載の土地(以下、本件土地という)を所有するところ、控訴人が昭和一八年一月一日から右土地を占有していること及び控訴人が右地上に別紙目録(二)記載の建物(ただし原審、当審検証の結果によれば物置はスレート葺であり、便所は杉皮葺であると認められる)を所有していることは当事者間に争いがない。

(二)  控訴人主張の賃貸借契約の成立について)控訴人と被控訴人間に昭和一八年一月一日本件土地につき被控訴人を貸主、控訴人を借主とする賃貸借契約が締結されたことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を綜合すると、右契約の内容は、控訴人において当時雑木林であった本件土地を開墾して耕作地として使用することを目的とし、期間は同日より向う一〇ヶ年とし、賃料は一ヶ年につき玄米四石の支払期日における時価相当金額とし、毎年一二月二五日までに支払う約定であったことが認められる。控訴人は契約賃料は一ヶ年金二〇〇円の定額であり、期間の定めはなかった旨主張するけれども、前掲控訴本人の供述中右主張に副う部分は、前掲その余の各証拠に照らしにわかに措信するを得ず、他に前記認定を左右すべき証拠はない。

(三)  (右賃貸借契約は宗教団体法第一〇条第一項の規定に違反し無効であるとの被控訴人の主張について)

右賃貸借契約(以下本件契約という)締結当時施行されていた宗教団体法(昭和一四年法律第七七号)第一〇条第一項によれば、寺院が不動産を処分するには総代の同意を得るほか、地方長官の認可を受けることを要する旨、同条第三項によれば、右地方長官の認可を受けずして為したる行為はこれを無効とする旨規定されているところ、本件土地が寺院である被控訴人の所有地であることは当事者間に争いがなく被控訴人が本件契約締結にさいし、所轄地方長官たる京都府知事の認可を受けていないことは前記真島証人の証言と弁論の全趣旨によって明らかで、他にこれに反する証拠はない。しかして、寺院所有の不動産につき、前記の如き目的をもって期間一〇年という長期にわたる賃貸借契約を締結することは同法第一〇条第一項にいう「不動産の処分」に該当し、須く地方長官の認可を受くべきものと解するのが相当であるから、(大審院昭和七年四月一二日、同一三年五月一二日各判決、最高裁昭和三七年七月二〇日判決、集一六巻八号一六三二頁参照)本件契約は、総代の同意の有無にかかわらず同条第三項の規定により無効であると言わなければならない。控訴人は、本件契約が「不動産の処分」に当るとしても、民法第六〇二条所定の短期賃貸借期間五年に限り有効である旨主張するけれども、同条所定の期間を超える賃貸借契約が当然に同条所定の短期賃貸借として有効であるとは解し難いところ、これを本件契約について見るに、右控訴人の主張を首肯するに足る事情の存在を認め得ず、却って≪証拠省略≫を綜合すると、控訴人は当初から相当大規模な開墾事業を起す計画の下に本件土地を賃借することとしたもので、一応賃借期間は一〇ヶ年と定めたけれども、その後も引続きできれば永代賃借したいとの意図を有し、僅か五ヶ年というが如き短期であれば契約を成立せしめなかったものと推認されるから、右控訴人の主張は採用し得ない。

(四)  (民法第一三〇条の規定の趣旨により被控訴人は地方長官の認可なきことを理由に本件土地の明渡を求め得ないとの控訴人の主張について)

地方長官の認可は、宗教団体法が寺院等宗教団体保護の目的をもって同法第一〇条第一項所定の行為の効力発生要件として定めた公益的強制規定であるから、当事者の行為によって右行為の効力を左右することは許されない。被控訴人は控訴人に対し本件土地を前認定の約定をもって賃貸することを約したものであるから、当然控訴人をして有効に賃借権を取得せしめるため必要な手続をなすべき義務があり、これを怠れば債務不履行の責任を免れ得ないとしても、このことと、契約の効力とは別に考えるべき問題である。右義務不履行を理由に本件土地の明渡を求め得ないとすることは、地方長官の認可なき行為に恰も認可があったと同様の法律効果を認める結果となり、前記宗教団体法の規定の趣旨に反すること明らかである。従っていわゆる法定条件についてもできるだけ民法第一三〇条の規定を類推適用すべきものであるとしても、本件の如き場合にはこれを類推適用する余地は全くない(最高裁昭和三六年五月二六日判決、集一五巻五号一四〇四頁参照)。控訴人援用の臨時農地等管理令に関する判例は本件に適切でない。よって民法第一三〇条の規定を根拠とする控訴人の主張は採用し得ない。

(五)  (宗教法人令ないし宗教法人法の施行によって本件契約が有効になったとの控訴人の主張について)

宗教団体法は昭和二〇年一二月二八日廃止され、同日勅令第七一九号をもって宗教法人令が公布施行され、さらに昭和二六年四月三日法律第一二六号をもって宗教法人法が公布施行され、宗教法人令は廃止されたこと、宗教法人令においても、宗教法人法においても共に、寺院所有不動産等の処分につき地方長官の認可を受ける必要はなくなったこと(同令第一一条、同法第二三条、第二四条)が明らかであり、また被控訴人が宗教法人法施行に際し同法の適用ある宗教法人となったことも弁論の全趣旨によって認められる。しかし宗教法人令、宗教法人法の規定はその施行後の行為についてのみ適用があるものであって(施行前の行為についても適用する旨の経過規定は設けられていない)、宗教団体法施行中になされた行為の効力は専ら同法の規定に照らし判定さるべきものであるから、同法によって行為の効力発生要件とされた事項(地方長官の認可)が宗教法人令、宗教法人法においてはその要件ではなくなったからといって宗教団体法施行下において無効とされた行為が当然に有効となるものでない(前掲最高裁昭和三七年七月二〇日判決参照)。

(イ)  ところで控訴人は、被控訴人が宗教法人令、宗教法人法施行後も本件土地の明渡を求めず、引続き約定賃料を受領していた事実に基き、黙示の合意によって期限の定めのない、法定賃料の賃貸借契約が成立した旨主張するのであるが、右事実のみから黙示の賃貸借契約の成立を認めることは困難であり、他に右控訴人の主張を肯認するに足る証拠はない。却って弁論の全趣旨によれば控訴人及び被控訴人において本件契約が地方長官の認可を欠き無効であることを覚知したのは原審において本訴が進行している間であったと認められるから、控訴人主張の如き黙示の合意の成立は認められない。

(ロ)  次に控訴人は本件契約は被控訴人において地方長官の認可を得ないためその効力を生じなかったとしても、本件契約をもってあらゆる意味において無効と解すべきではなく、被控訴人は控訴人に対し右認可申請手続を履践し、本件契約を有効ならしむべき義務を負担していたものであり、かつ、引続き約定賃料を受領していたものであるところ、右義務未履行の間に右認可を不要とする法律が施行せられ、右義務の履行は最早その必要がなくなり、被控訴人としては単に本件契約に従って賃貸する義務のみを履行すれば足ることになったものであるから、これにより本件契約は有効となった旨主張するけれども、本件契約に基き被控訴人において地方長官に対する認可申請手続を履践すべき義務があり、これが履行されて右認可があればそのときより本件契約は有効となり得る契約関係が継続していたとしても、本件契約は宗教団体法施行下において成立したものであるから、その契約関係はすべて同法の規定によって律せらるべきものと解すべきところ、本件契約につきいまだ地方長官の認可なく、その効力が生じない間に同法が廃止せらるるに至ったものであるから、これにより本件契約は結局効力が生じないことに確定したものと解するのが相当である。従ってかかる契約関係に新法(宗教法人令、宗教法人法)を適用してこれを有効と解する余地はない。もっとも新法施行後に従前の契約を追認し、または黙示的にでも従前の契約と同一内容の新契約を結んだものと認められる事情があれば、追認または新契約の効力として新法により有効と解する余地はあるが、本件において右追認または新契約がなされたと認めるに足る証拠はないから、前記控訴人の主張もまた採用し得ない。

(ハ)  次に控訴人は本件契約は民法第六〇二条所定の短期五年の賃貸借として有効に成立したものであるところ、右期間満了直前の昭和二二年末(そのときはすでに宗教法人令が施行されていた)契約を更新したから、期間の定のない最初の賃貸借契約が確定した旨主張するけれども、本件契約が短期五年の賃貸借として成立したものと認め得ないことはすでに認定したところであり、また控訴人主張の契約更新の事実を認むべき証拠もないから右主張は失当である。

(ニ)  宗教法人令ないし宗教法人法の施行により本件契約の瑕疵が治癒され、またはその効力が追完されたとなす控訴人の主張もまた独自の見解で採用し得ない。

(六)  (本件土地明渡請求は信義則上許されないとの控訴人の主張について)

控訴人は仮りに本件契約が無効であるとしても、本件の如き場合殊に信頼関係を基礎とする賃貸借契約にあっては信義則上無効の主張は許されないと主張するので考えるに、被控訴人は昭和三三年二月一七日本訴を提起した後準備手続終結後の原審第四回口頭弁論期日(同三六年八月一九日)においてはじめて本件契約が地方長官の認可を欠き無効である旨主張したものであることは記録上明白であり、当事者双方共本件契約を締結したさいはもとよりその後も認可手続を要することを知らなかったことは前認定のとおりであり、また被控訴人が昭和二七年度分まではともかくも賃料名義の金員を受領し、他方控訴人も本件土地の使用収益を継続していたことは当事者間に争いがない。しかして、無効事由があるにも拘らず久しきに亘りこれを主張せず相手方においてもその主張はしないものと信ずべき正当事由があって、右主張を許す時は信義則に反すると認められる特段の事由ある場合には、無効の主張は許されないと解する余地がないでもないけれども(最高裁昭和三〇年一一月二二日判決、集九巻一二号一七八一頁参照)、本件の場合右の如き事実関係だけでは未だ控訴人の主張を肯認するに足りず、他に本件土地明渡請求をもって信義則に反し許されないものと認むべき特段の事情の存在も認められない。

(七)  (本件土地賃借権を時効により取得したとの控訴人の抗弁について)

仮に不動産賃借権についても取得時効を認むべきであり、かつ、自侭の処分を禁止されている寺院所有地が目的である場合もその例外をなすものではないと解するとしても、控訴人は寺院所有地である本件土地占有の始め前記目的をもってする期間一〇年という長期の賃貸借契約を締結するにつき、被控訴人寺が前掲宗教団体法第一〇条第一項所定の地方長官の認可を受けたかどうかの点を確めた形跡がないから、(控訴人は被控訴人が信徒総代の同意を得、地方長官の認可を受けたかどうか知らない。しかし恐そらく寺院たる被控訴人は控訴人に対する義務を誠実に履行するためその手続を履践しているものと想われる、と云っているにすぎない。昭和三七年二月一四日付被告準備書面第二項参照)本件賃貸借契約の有効なこと従って自己に賃借権ありと信ずるにつき過失がなかったものということはできない。(被控訴人寺自身すら認可を要することを知らなかったとしても右認定を動かすに足りない。)よって取得時効の抗弁もまた採用し得ない。

(八)  (控訴人の留置権の抗弁について)

控訴人はその主張の留置権の被担保債権として、先ず、民法第七〇三条による不当利得返還債権合計金四〇、五〇二、九九〇円を有すると主張するけれども、本件の如く、占有者が占有物について費用を支出した場合の費用償還請求権の存否及びその範囲については、一般不当利得の特則たる民法第一九六条を適用すべきであるから、右控訴人の民法第七〇三条に基く主張は主張自体理由がない。そこで次に民法第一九六条第二項に基く有益費償還請求権の存否につき検討するに、被控訴人は控訴人の費した金額の償還を選択するので、これに従って控訴人の支出した金額を考える。

控訴人は本件土地の開墾、整地、灌漑設備、施肥、猪害防止垣築造費として合計金二七、八〇〇、〇〇〇円を支出したと主張するけれども(有益費か否か、増加額現存の有無等は暫らくおく)、控訴人の主張自体によっても右金額は猪害防止垣築造費以外はすべて現在の貨幣価値に換算した金額であり、右築造費(金五〇〇、〇〇〇円)も、その他の費用と比較すれば同様であると解される。しかし、民法第一九六条第二項により償還を請求し得る費用は占有者が現実に支出した金額を指すこと明らかであり、控訴人としては現実に支出した金額を主張立証するを要するものといわなければならない。ところで≪証拠省略≫を綜合すると、控訴人は昭和一八年初頃から本件土地の開墾に着手し、当時としては相当多額の費用と労力を投じ、雑木林を耕作地に改良したことが認められるけれども、右改良のため控訴人が現実に支出した費用を具体的に確定するに足る何らの資料の提出もないから結局右費用償還の請求もこれを認容するに由がない。よって爾余の点につき判断するまでもなく控訴人の留置権の抗弁も理由がない。

以上認定の事実によれば、控訴人は本件土地を権原なくして占有しているもので、その明渡を拒むべき何ら正当の理由も有しないものといわなければならないから、被控訴人に対し本件土地をその地上に存する建物を収去して明渡すべき義務あること明らかで、所有権に基く被控訴人の第一次請求は理由がある。

二、(損害金請求)

控訴人は本件土地の不法占有により本件土地に対する被控訴人の使用収益を妨げているものであるから、これによって被控訴人が被った損害を賠償すべき義務があること明らかであり、その賠償額は特段の事情がない限り本件土地の賃料相当額であると認めなければならない。ところで≪証拠省略≫を綜合すると、本件土地は昭和一八年初頃から前掲賃貸借契約に基き控訴人が漸次開墾して耕作地となし、被控訴人が損害金の起算日とする昭和二八年一月一日当時にはすでに大半開墾せられて農作物、果樹等を栽培する畑地と化し、一部には荒廃部分が残存し、一部には堆肥小屋、農具小屋等が建てられていたけれども全体として現況農地と認めるに妨げない状態となっていたことが認められるから、特段の事情がない限り昭和二八年度以降の本件土地賃料相当額は農地としての賃料額によって定めるのが相当である。被控訴人は、本件土地は控訴人が宏大な邸宅の一部として娯楽的に蔬菜、果樹等を栽培していたもので農地でなくまた本訴提起当時開墾せられていたのは五反四畝余りで、他は未墾地であったのを昭和三三年頃からにわかに雑木林の部分二反六畝余りと竹籔の部分五畝余りを不法に開墾して畑となしたものである旨主張するけれども、被控訴人の全立証によるも未だもって右被控訴人の主張を肯認し前認定を覆すに足りない。

ところで農地法第二一条の規定によれば、農地の賃料(小作料)は農業委員会が農林省令で定める基準に基き、知事の認可を受けて農地ごとに最高額を定め、これを公示しなければならないものと定められ、同法第二二条の規定によれば小作料を定める契約ではその額は右最高額をこえない範囲の定額の金銭で定むべく、これに違反する契約については右農業委員会が定めた額を小作料の額と定めたものとみなす旨規定されているから、被控訴人が本件土地の賃料相当額と主張する、昭和一八年一月一日締結の賃貸借契約に基く約定賃料一ヶ年につき玄米四石の時価相当金額は少くとも農地法施行(昭和二七年一〇月二七日)以降本件土地の賃料相当額を定める標準となし得ない。しかるに被控訴人は、右契約における約定賃料、一ヶ年につき玄米四石の価格を、昭和二八年度以降昭和三四年度までの間における毎年の政府買入玄米価格によって換算した金額を賃料相当の損害金として請求し、本件土地の農地としての適正賃料額については何ら主張も、立証もなさないから、結局本件土地の賃料相当額については立証がないものといわなければならない。

よって被控訴人の損害金の請求はその数額を確定し得ないから、失当として棄却するのほかない。

三、(結論)

以上のとおりであるから、控訴人は被控訴人に対し本件土地を、同地上の建物を収去して明渡すべき義務があり、よって被控訴人の本訴請求(附帯控訴に基く拡張部分を含む)は右認定の限度で理由がありその余の請求(損害金請求部分)は失当として棄却すべきである。従って損害金請求の一部を認容した原判決は一部失当として取消を免れず、且つ建物収去を求める附帯控訴は理由があるから、本件控訴及び附帯控訴に基き原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条第九二条を適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡垣久晃 裁判官 奥村正策 畑郁夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例